原ノ町までのご夫婦?

タクシー体験談

忘年会シーズン、夜の国分町で

年の瀬も押し迫った12月末、世間は忘年会シーズンの真っ只中。
国分町といえば、仙台一の歓楽街。
この時期になると、ネクタイをハチマキにして上機嫌なサラリーマンや、深夜なのに全力で盛り上がっている若者たちで、街がひときわ賑やかになります。

そんな中、私はいつものようにタクシーの運転席に座り、深夜の稼ぎどきを逃すまいと、目を光らせておりました。

その夜は冷え込みが強く、窓ガラスが曇るほど。
道端で手を挙げる人影が見えたとき、これは間違いなく“酔っぱらい系乗客”だと、直感的にわかりました。

乗ってきたのは、40代後半〜50代前半と思しき男女。
いわゆる中年カップル。
男性はスーツ姿でネクタイをゆるめ、女性はきれいにメイクはしているけれど、ところどころ酔いが見え隠れ。

ドアを開けると、女性が笑いながら「原ノ町本通りまでお願いしますね~」と、ふんわりした声。
男性は「うんうん、そだそだ」と軽くうなずく。
どうやらご機嫌のようで、車内はほんのり酒の香りと笑い声に包まれました。

「原ノ町本通りですね、承知しました」と返し、私は車をスタート。

車内では小声で何やら談笑しており、内容は聞こえなかったものの、時折「ふふっ」とか「ほんとぉ~?」といった声が漏れ聞こえてきます。

──ああ、なんかいい雰囲気だな。
年の瀬、夜のドライブ。
なんと仲のいい夫婦だろう、俺も見習いたいとーーー

思ったのもつかの間。

気づけば車内がシーンと静まり返っていたのです。
バックミラーをちらっと見ると、二人は身を寄せ合うように座り、まるで電池が切れたかのようにぴくりとも動かない。

「ん?寝たか……?」

まだ目的地には少し距離がある。
ま、酔いも手伝ってウトウトしてるんだろうと思い、私はそのまま運転を続けたのですが――この“静けさ”が、のちに嵐を呼ぶとは、そのとき夢にも思いませんでした。



まさかの寝落ち夫婦

目的地である原ノ町本通りまでは、およそ20分ほどの道のり。
ちょっとしたドライブとしてはちょうど良い距離。
暖房の効いた車内に、お酒の余韻、年末の高揚感──まあ、寝るには絶好の環境ってわけです。

とはいえ、まさかここまで見事に寝るとは思いませんでした。

最初は、「うとうと程度かな」と思っていたんです。
それが、どうにも様子がおかしい。
運転席から「お客様、原ノ町近くなってきましたよー」と声をかけても、返事がない。

もう一度、ちょっと声量を上げて呼びかけてみる。
……無反応。

よし、それならと、車を一旦路肩に停めて、車を降りて後ろのドアを開け、座席の男性の肩を軽くゆすってみる。

「すみません、お客様?」

……ピクリともしない。
体温はあるし、寝息は聞こえる。つまり、生きてはいる。だが、まったく起きる気配がない。

女性の方も同じく、穏やかな顔で夢の世界へ。
よく見れば、二人とも手をつないだまま。
なぜかほっぺたまで寄せ合って、まるで青春ドラマのワンシーンみたいなポーズになっている。

ちょっと、というか、かなり困った。
あと数分で目的地。家の前まで着けるには、細かい位置を聞きたいが、起きてくれなきゃ確認のしようがない。

一度試しに、声を大にして「お客様っ!」と叫んでみたら、通りかかった犬を散歩中の人がビクッとしただけで、後部座席の二人は微動だにしない。
うーん、これはプロの酔いっぷり。
いや、もはや酔拳ならぬ“酔睡拳”の領域。

そこで私は考えた。
──交番に行こう。
困ったときの警察頼み。昭和の時代から変わらぬ、日本の安心システムである。

夜中に酔ったカップルを起こしに交番に駆け込むタクシードライバー──これも仕事のうちだと思いながら、私は静かにハンドルを切って交番へと向かうのでありました。



助けを求めて交番へ

国道45号線苦竹駅近くにある苦竹交番。
深夜12時半過ぎ──普通なら交番も静かな時間帯のはずですが、その夜は違いました。

私はタクシーを交番の前に停め、後部座席のふたりをちらりと確認。
相変わらず、まるで「永遠の眠り」状態でピクリとも動かない。

「こりゃだめだ……よし、出番だ交番!」

そんな駄洒落すら心でつぶやきつつ、私はドアを開けて交番へと向かいました。
中にいたのは、若い警官と、年配の警官、ちょうど二人。
ヒマそうに書類整理をしていたところ、タクシードライバーが駆け込んで来て「酔っぱらいが起きないんです!」と訴えたもんだから、若干驚いた様子。

「お客さんが寝て起きない?酔って?」

「はい、声かけてもダメ、肩をゆすってもダメで……」

「ちょっと見てみましょうか」

ということで、警官2人もタクシーの後部座席を確認に出てきました。
彼らも車内のカップルを見て一言。

「……これは……寝てますね」

「いや、見りゃわかるけども、それが問題なんですよ」

そこで警官たちは軽く肩をトントンしたり、「旦那さ〜ん? 社長さ〜ん?」と声をかけたり。
しかし、やっぱり反応ゼロ。

「完全に熟睡ですね……これは家族呼ぶしかないですね」と年配警官。
ただし、ここで問題がひとつ。

連絡先が、わからない。

電話番号も、緊急連絡先もない。
スマホを見れば早いんでしょうが、さすがに他人のスマホに勝手に触るのはNG。
でも、身分証くらいならと、男性の上着ポケットを探ることに。

そして、出てきたのが免許証。

「お、住所書いてあるね。〇〇町△△番地か……」

確認すると、ここから車で5~6分の場所。
住所は分かったけれど、連絡できないから、どうやって届けるか?と思ったその時、若い警官が言いました。

「じゃあ我々がパトロールで近く通るので、パトカーで先導します。運転手さん、ついてきてください」

「え?まじで?パトカー先導?わたし?」

酔っぱらいカップルを乗せたタクシー、そしてその前を走るパトカー。
深夜の住宅街を、まさかの“公認二台体制”で移動することに。

なんだこの展開。
刑事ドラマかと思ったら、方向性が違う!

とはいえ、他に選択肢はありません。
「わかりました」と返事して、私はエンジンをかけ、パトカーの後ろを走り出しました。

冷え切った静寂の夜に、パトカーの赤色灯がくるくると回る。
その後ろを、酔っぱらい爆睡中の夫婦を乗せたタクシーがのろのろと追走。

まさか、こんな深夜のドライブになるとは──

次の目的地は、夫婦の「愛の巣」ならぬ、「嵐の現場」。



パトカー先導で深夜の住宅街へ

赤色灯が静かに回るパトカー、そのすぐ後ろを走る私のタクシー。
その後部座席には、手をつないだままぴったりと寄り添い、まるでカップル仕様のぬいぐるみのように眠りこけている中年夫婦。

──こんな構図、普通じゃありえません。
ドラマの撮影か、いや、むしろコントか?

交番を出て5〜6分。
車の通りもほとんどなく、住宅街はひたすら静か。
街灯に照らされた道路を曲がったその先、パトカーが一軒家の前で停車しました。

警官の一人が窓越しにこちらに手を振る。

「ここがご住所です。後ろから車が来ると危ないので、我々は道の後ろで待機します。運転手さん、すみませんが、玄関チャイム鳴らして確認してきてもらえます?」

……えっ、私ですか?
この、完全に他人のカップルを乗せたまま、見知らぬ家のチャイムを押しに行くんですか?

内心「それはお巡りさんの仕事では…」と思いましたが、パトカーの存在がすべてを正当化するような妙な説得力がありました。

まあ、仕方ない。
やるしかない。

私はタクシーを安全な位置に停めて、意を決して玄関へ向かいました。
真夜中の住宅街に足音がコツ、コツと響く。

静まり返った一軒家の玄関前で、私は一瞬手を止めて深呼吸。

そして──

「ピンポーン……ピンポン……ピンポーン……!」

最初は遠慮がちに。
次第に「これでもか」と言わんばかりに強めに連打。
私の人生でここまでチャイムを鳴らした夜があっただろうか。

すると……

しーーーーーん。

静寂。

……と思った次の瞬間、パッと室内の明かりがついた。

「おっ、誰か起きた!」

少し離れた窓のあたりから、渋めの男性の声が飛んできました。
「だれっしゃー?」(仙台弁:だれですかー?)
「……またか!」

またか!?
初手のセリフが「またか」とは、どういう家庭事情だ。
ここまでくると、さすがにドラマじゃなくてサスペンスの匂いすらしてきます。

「すみません、タクシーでこちらまでお送りしたんですが、お二人とも眠ってしまって起きないもので……」

「わかったわかった、今行きます!」

それに続いて、家の中から女性の声も聞こえてくる。
声のトーンに微妙な怒気を感じたのは、私の気のせいではありませんでした。

ほどなくして、玄関の鍵がカチャリと音を立て──
いよいよ、“あのカップル”の本当の物語が動き出す予感が漂ってきたのです。



開かれた扉と「またか!」の一言

「またか!」

その言葉は、冬の夜の冷えた空気を震わせるように響きました。
まさに、“慣れた”口調。
このセリフをためらいもなく言えるということは──これ、今回が初めてではないらしい。

玄関の明かりがつき、ゆっくりとドアが開きました。
そこに現れたのは、70代くらいの男性。
顔立ちはきっちりしていて、いかにも「昭和の父親」といった雰囲気。
冬の室内着にスリッパという格好で、寝ていたのを叩き起こされたにしては落ち着いた様子です。

ただ、その視線は明らかに「はいはい、またあのバカ息子か」という悟りの表情。
慣れてる。絶対慣れてる。
これはタクシードライバーとしての直感ですが、間違いないと確信しました。

「すみません……あの、お二人とも完全に熟睡されてまして……交番の警察官の方にも先導していただいて……」

私は事情を端的に説明。
ちらりと後ろを振り返ると、パトカーの中からお巡りさんがひょこっと顔を出して、こちらに軽く会釈していました。

「寝てる……?あのバカ、本当に……」

父親と思しき男性は、玄関から一歩出ると、やや申し訳なさそうな顔で言いました。

「じゃあ見てみます」

そう言ってタクシーに近づき、そっと後部座席のドアを開けて中をのぞくと──

「……あー、なるほどね……こりゃ起きんわ」

なぜか納得したようにうなずいている。

お巡りさんも車の反対側から中をのぞき込み、「あら、仲のいいご夫婦ですね、うらやましい!」なんて言葉をポロリ。

その瞬間、父親の顔がピクッと引きつった。

「仲のいい……?いやいや、こいつ、うちの息子だけど……この女、おらーしゃねー!(知らねー!)」

はい、出ました、家庭内大爆弾。

私とお巡りさん、揃って「……えっ?」と顔を見合わせます。

するとタイミングを見計らったかのように、玄関からもう一人──今度は中年の女性が、血相を変えて飛び出してきたのです。

髪をひとつにまとめた主婦風のその女性は、タクシーの車内をひと目見るなり、表情が一変。

「この女……だれよーーーーーっ!!!!」

怒号と共に、彼女は車に駆け寄り、ドアをバーンと開けるなり──

ビンタ炸裂。

まるでスローモーションのように、その右手が振り上がり、男性の頬にパチーーーン!!と鮮やかな音を響かせる。

いや、正確には一発ではなかった。
連打。複数発。もはやコンボ技。

私もお巡りさんも、もはや声も出ず、ただその様子を呆然と見守るばかり。
タクシー車内では、おそらく夢の中にいたであろう男性が、顔面ショックでようやく現実に引き戻されるという強制ログイン。

その直後、女性の絶叫が夜空にこだまする。

「この女だれよーーー!!このバカ男ーーーー!!」

その声はまるでサイレンのように住宅街を駆け巡り、周囲の窓が一つ、また一つと点灯していく。
カーテンの隙間から覗く影。
パトカーの赤色灯が、もはやこの修羅場の舞台照明と化している。

──なんなんだこの年末ドラマ。
放送されてたら視聴率20%いけるぞ、これは。

一方、父親はというと、そんな騒動を無言で見届けた後、ふと財布を取り出し、私の方に近づいてきてこう言いました。

「運転手さん、これでいいから。この人、ここから連れてってくれ」

差し出されたのは、1万円札。
お釣りはいらない、という潔さ。

そのとき、私がふと後部座席を見ると──男性の姿がない。
いつの間にか、そっと車から降りて、家の中に吸い込まれていたのです。

女性だけが取り残され、私はタクシーのドアを閉め、お巡りさんに会釈してエンジンをかけました。

気まずい沈黙の中で、私はこう思いました。

──これが、忘年会シーズンの本当の怖さかもしれない。



タクシー運転手の夜はまだ終わらない

あの怒号、ビンタ、そして1万円札の受け渡し。
すべてが夢だったのではないかと、バックミラーで後ろの座席をチラ見しながら思う。
けれど、後部座席には確かにひとり、ぽつんと座る女性客──つい先ほどまで、ラブロマンスの主人公よろしく眠りながら手をつないでいたあの“もう一人”。

その表情は、なんとも言えない微妙なものだった。
怒られた子どものようでもあり、ちょっと開き直った旅人のようでもある。
言葉はひとつも交わさなかったが、その沈黙こそが、この一連の事件の余韻だった。

「どちらまでお送りしますか?」

私が尋ねると、小さな声で「……駅でいいです」とだけ答えた。

駅。
もう彼女にとって、この町にとどまる理由はなくなったのかもしれない。
終電はとっくに行ってしまった時間……たぶん、駅は閉まっているかもしれない。

道中、会話は一切なし。
ラジオから流れるのは、山下達郎の『クリスマス・イブ』。
「きっと君はこない~一人きりのクリスマスイブ~♪♪♪♪」が、やけに沁みる。
まさかラブソングが、まさかの修羅場エンディングのBGMになるとは。

駅に着いたとき、彼女は静かに財布からお金を取り出そうとした。
でも私は、さっき父親から受け取った1万円札をポンと差し出した。

「代金は、もういただいてますから」

女性は一瞬だけ、私の顔をじっと見た。
感謝の表情でも、謝罪でもない、どこか「ははっ」と自嘲気味の、苦笑い。
そして、静かにタクシーを降りて、駅の方へと消えていった。

しばらくその後ろ姿を見送りながら、私は心の中でつぶやいた。

年末って、いろんな意味で人を酔わせる。

あのカップルの関係がどうなるのか、知らないし、知りたくもない。
ただ、今夜もどこかで誰かが酔って、誰かが寝落ちして、そして誰かがまたタクシーに乗ってくる。

それが、タクシードライバーの仕事。
そしてこの季節だけは、ちょっとした人生ドラマの“舞台袖”に立たされることもある。

時計を見ると、時刻はもう午前1時半を回っていた。

でも、夜はまだ終わらない。
信号が青に変わる。
私はギアをドライブに入れて、アクセルを踏んだ。

さあ、次はどんなドラマが乗ってくるのか。
そんなことを考えながら、私は静かに国分町方面へと車を走らせた──。


📍まとめ:
タクシードライバーが直面する「予測不能な人間模様」や、「人間関係の光と闇」、そして時折訪れる“ちょっとドラマチックな夜”でした。

まさに「事実は小説より奇なり」。
年末の国分町には、小さな映画のような出来事が、毎晩走っているのかもしれません。


プロフィール
書いた人
はたもん

こんにちは。仙台で個人タクシーを営んでいます。
「少しの間だけ」のつもりでしたが、気づけばこの道一筋のタクシー歴33年です。平凡な私でも33年の間にはいろんなことが起きました。
このブログでは、そんなタクシードライバー目線の仙台をお届けします。
仕事の体験談や趣味の山歩き・スキー・写真撮影についてもゆるっと綴ってまいります。どうぞよろしくお願いします。

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