タクシー運転歴32年、年末深夜に起きた「酔っ払い珍道中」完全版
タクシー歴、かれこれ33年。ハンドルを握る日々の中で、数えきれないほどのお客様をお乗せしてきました。短距離、長距離、昼間、深夜、そして…酔っ払い。
特に年末になると、まるで祭りのように街が浮かれ始めます。飲み会、忘年会、会社の納会…。普段はスーツでピシッとしている方も、酔いが回ればただの人。いや、「ただの人以下」になることもしばしば。そう、年末の深夜は、タクシードライバーにとって“修羅場”なのです。
タクシードライバーが密かに分ける「酔っ払いランク」
まず、酔っ払いのお客様を大まかに4つのタイプに分けてみましょう。これ、現場のドライバーたちの間では共通認識なんですよ。
第1ランク:紳士的酔っ払い
このタイプは、本当にありがたい。ほろ酔いで上機嫌、行き先もはっきり伝えてくれて、会話もスムーズ。しかも、「ここは右だよ」「あと100メートル先だよ」と、自分でナビゲーションまでしてくれる。まさに“神客”。
第2ランク:寝落ち型酔っ払い
行き先は言えるが、発音が悪くて聞き取りに苦労。でもまぁ、こちらも慣れているので、何度か確認すればわかる。そして出発直後に寝てしまう。目的地に着いたら起こすと起きてくれるので、そんなに手はかからない。とはいえ、冬の寒空の下で5分間起こし続けることもあり、なかなかスリリングです。
第3ランク:横たわり型酔っ払い
このタイプになると、難易度急上昇。乗るなり無言で後部座席に横たわり、完全にダウン。行き先を聞いても反応なし。なんとか意識を取り戻してもらって目的地にたどり着いても、そこからがまた勝負。起きない。揺すっても、声かけてもピクリともしない。下手すると警察のお世話になるケースも。
第4ランク:女性二人→一人残留型
これが最凶です。最初は女性二人組で乗ってくるのに、一人が先に降りる。そして残された一人が爆睡。しかも女性には絶対に触れてはいけない、これタクシー業界の鉄則。起こす手段がなく、最終的には近くの交番へ。時間も労力も消耗する、まさに“トラップカード”。
ある年末、予感的中の夜
そんな酔っ払い地獄が訪れるのが、12月下旬の金曜日の深夜。言わずと知れた“魔の時間帯”です。街は人でごった返し、タクシー乗り場は長蛇の列。車道に人があふれ、空車のタクシーはほとんどいない。
そんな中、私の目の前にふらっと現れたのは、40代くらいの中年男性と、その体を支える女性。突然の飛び出しに急ブレーキ。危ないなあ、と思いながらドアを開けると、女性が一言。
「駅前のメトロポリタンホテルまでお願いします」
ああ、そうですかと目的地を確認したその瞬間、女性がその男性を押し込むように乗せたかと思えば、すぐに立ち去ってしまった。え? 一緒に乗らないんですか!? いやな予感しかしない。
ホテルまでの道中、案の定その男性は完全に熟睡。目的地に着いても、全く起きる気配なし。ドアボーイさんの協力を得て、何とか揺り起こすと、ようやく口を開いた。
「オラ、今日は泊まらねー。古川さ帰っから」
……ちょっと待て。今なんて言った!?
古川って…ここから50キロ以上先だぞ!?
全ドライバーが願う「泊まってください」コール
なんとか泊まってもらおうと、ドアボーイさんと2人がかりで説得するが、頑として首を縦に振らない。
「オラ、枕変わると眠れねーんだ。頼む、古川まで頼む」
このセリフ、今でも夢に出てきます。
あいにく他のタクシーも見当たらず、法律で“泥酔で目的地が言えない客—”は乗車拒否できるという条文も頭をよぎるが、今回はそれに該当しない。結局、腹をくくって出発。
深夜の国道で「緊急事態」発生
国道4号線を走ること40分、大衡村あたりで男性が急にうめき声を。
「うぅ…止めてけろ…あんべえ悪い…」
おおぅ…出たよ…。このままでは車内がゲロ地獄になる。何とか広い場所を探して路肩に急停車。ところがトラックの列がズラリと通過中で、外に出るタイミングが掴めない。お客様は立ち上がれず、完全に私一人で対応。
そんな中、奇跡的に乗用車が一台。チャンスとばかりにドアを開けて男性を支えながら外へ。そのまま草むらまで肩をかし、着いた瞬間、「げーげー」大放出。ああ…風向きによっては、こちらまで被害を受けそうだ…。
背中をさすり、ティッシュとペットボトルの水で介抱。ここまで来ると、運転手というよりほぼ看護師。15分ほどで落ち着いたのか、自分で歩けるように。再び車に乗り込み、目的地へ再出発。
セブンイレブンでまさかの買い食い!?
三本木を超えてあと少し…と思ったその時、再びお客様が一言。
「セブンさ寄ってけろ!」
またか!?
理由は「クレジットカードは奥さんに取り上げられたから、銀行のカードでお金をおろす」という。
仕方なく駐車場に停車。コンビニATMへと向かうお客様。しかし、10分経っても戻らない。中を覗くと、店員さんと談笑しつつ、携帯を借りて誰かと通話中。カードの暗証番号忘れて寝ている奥様を起こして確認するのに手間取ったという。ようやく出てきたと思ったら「まだせだね〜」と満面の笑み。
そしてその手には、コンビニの袋。走り出すと、ゴソゴソとおにぎりを取り出してのりを巻いている。自分で食べるかと思いきや、「運ちゃん、いいやつだな!これ食え—-」と差し出してきたのです。
吐いた手で海苔を包んだであろうコンビニおにぎり…。ありがたい気持ちはわかるが、食欲が失せるとはこのこと。「仙台に戻ってからいただきます」と言って何とか難を逃れた。
やっと到着。そして…
ようやく古川のご自宅に到着。メーター料金は通常の1.5倍。文句ひとつ言わず支払ってくれたのが、せめてもの救いでした。
仙台に戻ってきたときには、あれほどいた酔客たちもすでに消えており、タクシー乗り場は閑散。まるで嵐が過ぎ去ったあとの静けさ。
車内に残された「愛のこもったおにぎり」は、途中のコンビニで丁重に“お別れ”し、新しいおにぎりを買って、自分へのご褒美としました。
酔っ払いと年末はセットです
タクシー運転手にとって、年末はまさに“戦場”。でも、こういう経験もまた、仕事の醍醐味。酔っ払いたちとのやりとりには、人生の縮図のようなものを感じる瞬間もあります。
とはいえ、できれば…せめて第2ランクくらいまでのお客様でお願いしますね(笑)
年末の飲み会帰り、皆さんもタクシーに乗るときは、「ありがとう」と一言添えていただけると、運転手は泣いて喜びます。できればゲロは外で、ね。