仙台といえば、牛タン、七夕まつり、そして楽天イーグルス……いやいや、それだけじゃありません。実は仙台という街、意外にも“転勤族の街”として知られているんです。
というのも、仙台は東北地方の経済・文化の中心地。大手企業の東北支社がずらりと並び、仙台駅のまわりには、スーツ姿のサラリーマンたちが今日も戦っています。全国からビジネスマンが集まるこの街では、引っ越しトラックとスーツケースの数が、牛タンの消費量と張り合ってるんじゃないかってくらい、常に“新しい人”がやってきます。
さて、そんな転勤族の移動手段といえば、やっぱりタクシー。特に仕事終わりの一杯が入った帰り道には欠かせない相棒です。タクシー運転手にとっては、そんな転勤族のお客さんはまさに“毎日が全国物産展”。どこから来たかを当てるのも、ある種の職業スキルになっています。
中でも、わかりやすいのが大阪方面からの転勤族。もうね、話し始めた瞬間に“あ、大阪の人だな”ってわかるんです。もちろん関西弁がそのまま出てくる場合もありますが、中には標準語で話しかけてくる人も。でも、それでも「あ、この人は大阪出身だな」とピンとくる。
なぜかって?話し方に“距離感がない”んです。いや、いい意味でね。こっちが「お客様」として接してるのに、向こうは「友達感覚」で話してくる。この距離の詰め方、東北人にはまずできません。
たとえば「運転手さん」と呼ばれるところを、「お兄さん」「運ちゃん」と呼ぶ。そして「○○までお願いします」じゃなくて、「○○行って!」と命令口調。でも、なぜか嫌な感じがしない。それが大阪人マジックです。
そんなある夜のこと
その日も、仙台・一番町の広瀬通タクシー乗り場は、仕事終わりのサラリーマンや飲み会帰りの人々でにぎわっていました。深夜の時計がまわるころ、スーツ姿の50代と思しき男性二人組がタクシーに乗り込んできました。
「お兄さん、近くで申し訳ない、榴ヶ岡(つつじがおか)のマンションまで行って!」
第一声から、全力で関西。イントネーションもさることながら、その“人懐っこさ”が車内の空気を一変させました。
「こちらこそ、ご乗車ありがとうございます」と返すと、後部座席ではさっそく漫才が始まった模様。
「ここまで進むのに何分並んだ?ホンマ悪いわ!」
「お前が悪いんや、なんや歩いて帰れる距離やろ!しょうのないやっちゃやな!お兄さんごめんね」
いやいや、謝るのはそっちで話し合ってください(笑)。
「何ぬかしとんねん。あんたがもう一軒行こうかと誘ったのが悪いんや。反省しろ反省!」
テンポよく交わされる言い合いに、思わず運転席の私も笑みがこぼれてしまいました。こんなふうに、ケンカしてるようで実は仲良し、というのも大阪の文化なのかもしれません。
「遠回りしてええで〜」
発車するとすぐ、後ろからまた一言。
「あのな、お兄さん、近くてそのままだと悪いから、○○経由でこいつの家先に行くとええ感じの距離になるから、そっち回ってええで」
いや、それ完全に遠回り!
「いえいえ、遠回りになりますから」と言うと、「そやそや、こいつ金持っとるから、お兄さんそっちから回って〜」とニヤニヤ。
もう、どっちやねん。
でも、なんだかその場の雰囲気に押されて、私もつい「そうですか、お言葉に甘えさせて頂きます」と返してしまいました。大阪人の“空気作りのうまさ”は、タクシー車内でも健在です。
また始まった作戦会議
目的地に向かう途中、後部座席では次の会議がスタート。
「お前な、頼みがあるんや。○○明日行くの、変わってくれ。あそこの女性部長、俺苦手なんや。頼むで〜」
「また始まったか、ほら〜。だめだっちゅうの!俺もあいつ好かん!」
そこからは「頼む」「ダメ」「頼む」「ダメ」「俺、今日おもったじゃないか!」「俺だって前、おもった」など、熱い(?)議論が交わされ、ついには最終兵器が飛び出しました。
「ほならな〜、お前の彼女の写真、明日バラまくからな〜!」
「それ、それだけは勘弁してくれ!もうわかった、行くよ。今回はお前に貸しやで!」
もはやタクシーは、移動するネゴシエーションルームと化していました。車内でここまで人間ドラマが展開されるとは、まるでシチュエーションコメディのワンシーンのようです。
最後まで大阪流
最初の男性のマンションに到着すると、「こいつ早く放り出して、車出していいから!邪魔したらひき殺して」と軽口。
「明日頼んだで〜」と念押ししつつ、彼は去って行きました。
そして残ったもう一人も、数分後には降車地点へ。降り際に「今日はどうも、おおきに!」と一礼。
この“おおきに”で締められると、なんだかほっこり。「こちらこそ、ありがとうございました」と言い終わる前に消えて行った。
タクシーという人間交差点
仙台という街に流れ込む転勤族、その中でも存在感を放つ大阪出身の人々。彼らの“明るさ”や“人との距離の詰め方”は、タクシーという密室空間でこそ、より一層映えるのかもしれません。
タクシーの運転席から見えるのは、ただの夜景や信号ではありません。人の人生の一コマ、あるいは二人の友情の証、そんな“ドラマ”が日々繰り広げられています。
今日もまた、誰かの“物語”を乗せて、タクシーは静かに走り出します。