深夜便:酔いどれ夫婦と泣き虫ナビを運んだ“家族愛&赤い下着”クリスマス搬送記

タクシー体験談

 クリスマス間近、夜の街が目覚めるころ

2023年12月――サンタクロースも残業確定の季節、仙台・一番町のアーケードはイルミネーションでまるで発光ダイオードの海。平日の夜9時、昼間の買い物客が去ったあとには、忘年会帰りの人々がぽつぽつと流れ込みはじめる。

タクシー乗り場に並ぶのは、スーツの襟を緩めた会社員、カップル、そして「ちょっと一杯」が過ぎて千鳥足になった面々。運転手歴三十余年の私は、ハンドル越しにその光景を眺めながら――

 ほろ酔い家族との出会い

一番町藤崎前タクシー乗り場。振り向くと、やや赤ら顔の中年夫婦と、その間にちょこんと立つ小学低学年くらいの女の子。――三人家族の深夜帰宅、である。

「パークタウンまで、お願いしま~す。住所メモしてくださーい。」

お父さんは語尾がマシュマロのように柔らかい。お母さんはそれを上回るトロトロ加減で、既に半目。娘さんだけがシャキッと背筋を伸ばし、ランドセルならぬリュックをぎゅっと抱えていた。

「よし、平和コース確定だな」

心の中で親指を立て、私はナビに住所をインプットしてメーターを押す。午後9時過ぎは “一次会ほろ酔い” 率が高い。つまり、寝落ちはしても大暴れはしない、タクシー運転手にとって“いちばんありがたいお客さまタイム”だ。


車内の温度差

走り出して数分。後部座席からは、ほのかな酒の香りと――静寂。うつらうつら…どころか、ご夫婦はシートに身を預けた瞬間、スイッチを切った家電のように沈黙した。

代わりに後から届くのは、娘さんの小さな声。

「えーっと、次の信号を右です。!」

ドヤ顔で指示する姿が、可愛いらしい GPSの端末だ。私は思わずルームミラー越しに親指を立てた。

「了解、“ちびっ子カーナビ”!」

彼女は得意げに胸を張り、再びフロントガラスとにらめっこ。

お母さんの右手には、さっき買ったらしい紙袋がぶら下がり、袋口には中身がちらりと覗く。クリスマスの余韻なのか、いずれにせよ、平和である。

パークタウンへ

市街地を抜け、街灯が減っていくにつれ星がくっきり見えてくる。が、後部座席はまさしく“silent”。

「次を左でゴールです!」
「はいよ――おっと、ナイスナビ!」

終点直前、娘さんの声がピンと響く。私はウインカーを出し、静かな住宅地の一角へ車を滑り込ませた。目的地の家は、クリスマスツリーが点滅する玄関ポーチ。ライトアップされた外壁が美しい、まるで絵本の一場面だ。

ところが、車を停車させた瞬間――

「……」

そう、ご夫婦は見事に夢の中。スノードームのように、微動だにしない。

「これは…“平和”通り越して“無反応”パターンだぞ…?」

私の背中を、ほんのり汗がつたう。娘さんはシートベルトを外して、揺すってみるが――お父さんもお母さんも、クリスマスケーキの人形かというほど静止。メーターには到着料金が上がり切り、車の外気温計は2℃。

小さな“ナビゲーター”だけが、凍えた声でつぶやいた。
「ママ、パパ…起きてよ…」

――次の瞬間、深夜の帰宅戦線は難易度ハードへとレベルアップしたのだった。

えっ、起きない!? 深夜の焦り

娘さんの小さな声を合図に、私は運転席から降り、後部ドアを開け放った。冷たい空気が一気に流れ込み、車内の暖気を押しのける。これで目を覚ましてくれれば…という淡い期待は、あっさり粉砕。ご夫婦は見事なまでに不動の人形だ。

「ママ、パパ、着いたよ!」
「……」

腕を揺すり、肩を叩き、さらにボリューム10の呼びかけ――全滅。娘さんの声は次第に上ずり、眉はへにょりとハの字になる。そしてついに、ぽろりと涙がこぼれた。

「ママ、死んじゃったの? パパ、助けて!」

いや、待って。ここで本当に“事件”に昇格したら年末のニュースだ。私は脈を取り、耳元で呼吸を確認。生きてる、生きてる、ただの深海級・爆睡だ。娘さんに笑顔――というより引きつり気味の“業務スマイル”を向ける。

「大丈夫。ママ、超ぐっすり寝てるだけ。お父さんもね」

しかし当の“お父さん”も熟睡コンボ中。これはいよいよ起こす側が二人体制に。私は娘さんに、“応援団長”をお願いし、再チャレンジ開始。

作戦1:体感センサー刺激

まずは王道、優しく揺らす。しかしダメ。次に肩をグッと押す。ダメ。最終兵器として、車外の冷気を思い切り車内に吸い込ませる“天然エアブロー”を敢行。――が、予想を裏切らず、ダメ押しのダメ。

娘さんの目が更に潤んでいく。私の背中も別の意味で汗ばむ。メーターは到着料金のまま時を止めるが、こちらの心拍数だけは上昇中だ。

作戦2:寝起きドッキリカメラ…ならぬ“呼びかけ作戦”

「はい社長、時間ですよ!—-はい旦那さん、お客さんです!—-先生ーー!先生ーー—–」他いろいろ試してみたが、ウンともスンとも無い。お母さんは“ノーコメント”を貫く。さすがに自分でもアホらしくなり、首を振った。

作戦3:最後の砦、子どもの涙

娘さんをもう一度そっと促し、呼びかけてもらうことにした。
「ママ…ほんとに起きて…お願い…」
細い声が震えた瞬間――お父さんの眉がピクッと動いた。次いで目が半開きに。スローモーションで言葉がこぼれる。

「……ここ、どこ……?」

きた! 私はダブルピースを心で掲げる。

「ご自宅ですよ、ご安心を。残るは奥さまです!」

しかし戦いはまだ半分。お父さんは状況を把握しきれず、頭を抱えながら妻を揺するがやはり起きない。その間にも娘さんの不安ゲージはMAXへ。

緊急宣言:「運びますか?」

「家の中に運んじゃいましょう」
私が口火を切ると、お父さんは驚きつつも頷いた。かくして深夜の住宅街に“人力タンカ隊”結成。娘さんはポーチライトを点け、懐中電灯を構え、涙目のまま応援席へ。

私は心の中で号砲を鳴らした。

「よし、タクシー業務、ここからは“救急搬送”だ!」

――こうして、二人と一人は玄関ポーチという名の“険しい山岳コース”へ足を踏み入れたのである。

緊急搬送ミッション始動

玄関灯のオレンジ色が、深夜の路面をスポットライトのように照らす。そこへ、私(足担当)とお父さん(上半身担当)の“タンカ隊”が登場――担架は無いけれど、やるしかない。

1. 予想外の重量感

まずはお母さんをシートから半身起こし、両足首をそっと持ち上げる。――重い。驚くほど重い。体格は標準的なのに、力の抜けた大人はコンクリの塊だと初めて知る。お父さんも酔いが回っているため、上半身がふらつき気味。私は声を掛けあいながら、一歩ずつ後退して車外へと引きずり出した。

私  「いち、にの…さん!」  
父  「よい…しょ…ッ」  
娘  「がんばれー…(半べそ)」  

車外に出た瞬間、冬の冷気が二人を直撃。私は滑らないよう足を踏ん張り、お父さんは息を切らしつつ――いきなり尻もち! 上半身を抱えたまま、ズルリと腰を落とした。

「大丈夫ですか!?」

聞く私もしゃがみ込む形になり、ゼイゼイしながら体制の維持回復を図った。持ち上げるときにお母さんの靴が脱げていた。深夜の住宅街に異様な光景だったに違いない。

2. “赤い下着事件”発生

ここでお父さんから提案があり、持つ場所を後退してくれとのことだったので、私が上半身を持つことになった。
そこから何とか体勢を立て直し、再度持ち上げたところで玄関への三段ステップ。心臓の鼓動はマラソン終盤、ふくらはぎは悲鳴を上げる。そんな時――

「うわっ、滑った!」

お父さんの手元には、赤い布が。見ると、お母さんの下着(たぶん勝負用)が握られていた。夜空の下でワンポイント紅白。娘さんには見せられない光景だ。
ご主人、目にも止まらぬ速さだった。年末のかくし芸大会のマジックネタで練習してたのだろうか。しかしこんなタイミングで出すことないのに!

私は目線を床に落としながら、喉の奥で爆笑をロック。こみあげてくる笑いを何とかこらえた。
「力入りませんよね…酔ってますし!」
と、笑いをごまかしながら言うのがやっとだった。

3. 最後の難関「玄関の敷居」

やっとの思いで室内に足を踏み入れるも、玄関框(かまち)はわずか15センチの崖。気を抜けば全員が横転ルート。私は足側を低く、頭側を高く保ちつつ、声かけカウントダウン。

「3・2・1、で上げますよ――3、2、1!」

身体は小刻みにプルプル震えたが、成功。お母さんは玄関マットの上に、まるで聖母像のように安置された。お父さんはその場で座り込み、娘さんは安堵と疲労でペタンと膝をつき、小さく拍手。

「お疲れさまでした…!」

私は息を切らしながら伝え、脱げた靴を回収し、玄関ドアを開けたままリビング方向へ引きずっていくお父さんの背を見送った。そして、玄関先にはまだ半分泣き顔の名ナビゲーター。私は車からからレシートを抜き取り、そっと差し出した。

「はい、ママの靴といっしょに預かってね。今日はほんと、よくがんばったね」

女の子は涙を拭き、きゅっとレシートを握りしめる。クリスマスツリー越しに煌めくLEDが、その手元をやさしく照らしていた。

 玄関前で――深夜コントのクライマックス

玄関マットにお母さんを“安置”した直後、私とお父さんは同時に尻をつき、しばし無言のアイドリング。娘さんが鼻をすすりながらドアを閉めに行くと、ポーチ灯がふっと暗くなり、外には真冬の静寂だけが残った。

「――よし、もうここまできたら私一人でリビングまで引きずりますから」

お父さんが立ち上がり、室内へ引きずる“床引きスタイル”で進軍開始――。

一人で居間まで運び終えると、ご主人がもどってきた。
「すみませんでした。こんなになることは初めてなんです。」

お父さんが上着の胸ポケットから財布を探り、女の子に渡したレシート見ながらタクシー代を私に差し出した。千鳥足のわりに札の向きはきっちり揃っているあたり、社会人の常識は残っているらしい。私はメーター金額を口に出しながら、そっと受け取る。

「ほんとに、ありがとうございました…。これ、迷惑料も込みで」

封筒でも渡す勢いだったが、思い直したのか数枚を抜き取って手の中に滑り込ませる。その後ろで娘さんが、まだ少し腫れた目をクリクリさせながら立っていた。

「ごめんなさい、ほんとに……もう!」

その顔は泥酔というより “年末反省会” の表情。私は即座に首を横に振った。

汗だくのタクシードライバーと千鳥足の父親、そして“睡眠王”のお母さん――完璧な深夜コントの完成だ。

「こちらこそ。今度から“適量”でお願いしますね」

自然と、苦笑まじりの説教口調になる。お父さんは深々と頭を下げ、娘さんはようやく笑顔を取り戻し、鼻をフンと鳴らした。

この騒動に費やしたのは約20分。が、メーターが示すのは 乗車料金+深夜運賃、そして“プライスレスの人力サービス料”

私は軽く挨拶をした後、玄関を出る。車のドアは開けっ放しだったので車内は冷えていた。

「さて――国分町が俺を待っている」

私はハンドルを握り直し、静かな住宅街を背に夜の街へアクセルを踏み込んだ。

ハンドルを握り直し、エンジンの鼓動を確かめる。――次の目的地は繁華街・国分町。深夜という名のサンタ業務は、まだまだ続く。

国分町へ戻りながら考えたこと

国分町へに車を向けたとき、時計は22時を回っていた。街のネオンが再び視界にじわりと膨らみ、ラジオからはクリスマスソングの洋曲が聞こえてきた、妙にタイムリーな選曲だ。フロントガラスに映るテールランプを追いながら、私はさっきの一家を思い返していた。

1. タクシーは“ドア to ドア”にあらず?

「お客様を安全・安心・快適に目的地へ」――新人研修で叩き込まれたフレーズだが、今日ばかりは玄関ドアの内側までがサービス範囲だった。料金メーターは物理的な距離だけを測るけれど、「安心距離」は数字に換算できない。
もしあの娘さんが一人でパニックになっていたら? もしお父さんが転んで救急搬送になっていたら? 思考はブレーキ痕のように長く伸び、ハンドルを握る指先がわずかに強張る。
何よりも、赤い下着事件の直前に持つ場所の交代をしていたのがラッキーだった。あの時、もしも私が赤い下着をつかんでいたら、わいせつ罪で訴えられてもどうしようもない結果になったのでは?と思うと背筋に冷たいものが走った。
乗客の利便性と、乗客サービスのバランスを考えて、ある程度の線引きも考えておく必要があると思った。
しかしなぜ?ストッキングが脱げるんだったらわかるけど、下着ってその内側では?という謎も残る夜だった。

2. 家族の絆は千鳥足でも強い

どう見ても“酔っぱらい珍道中”だったが、娘さんが両親を必死で起こし、お父さんが息を切らしながら運ぼうとした姿は、ちゃんと家族の輪郭を浮かび上がらせていた。
人は弱いときほど、かえって本音の絆を見せる。
タクシーの後席は、一瞬でその“弱い瞬間”を運び込むステージでもある――私は数え切れないカップルの痴話げんかを聞き、数え切れないサラリーマンの泣き上戸を後ろ姿で見守ってきた。その夜の一家もまた、クリスマスのイルミネーション代わりに“素”を灯してくれたのだと思う。
ちなみに、後日聞いたことだが、ぐったりしてこんにゃくのかたまりのようになった人を運ぶには、「タオルケット、シーツを下に敷いてくるんで運ぶと楽」ということを看護師さんから聞いた。それ以来私はブルーシートをトランクに常備している。

3. ドライバーの使命感、あるいは現場のユーモア

酔っ払いを搬送するとき「俺、何屋だっけ?」と天に問いかけた。――でも、笑いがこみ上げたのは事実だ。
ユーモアは非常事態を溶かす潤滑油
とっさの機転で場の緊張が緩む。まじめ一辺倒では立ち行かないのが夜のタクシー稼業。言葉遊びと機転と少しの筋力、この三種の神器で私は毎夜“人間模様”を運搬している。

4. 年の瀬に、自分への安全確認

赤信号で車を止め、深呼吸。ルームミラー越しに自分の目を見つめ、ハンドルを軽く叩く。

「飲むなら乗るな、乗るなら寝るな。寝るなら…せめて玄関手前で。」
誰にともなくつぶやき、のどを潤す缶コーヒーは劇的にぬるかった。それでもカフェインはちゃんと沁み、脳裏に次の客の笑顔がぼんやり浮かぶ。

――再び青に変わる信号。アクセルを踏むと、ハイブリットの無音状態からエンジン音に変わった。国分町のネオンは相変わらず浮かれていて、今夜も誰かが“帰宅サポート”を待っている。

5. クリスマスはまだ終わらない

タクシードライバーにとって、聖夜は日付をまたいで続く長距離レース。だが、ツリーの星の下で安心して眠る家族を一組でも増やせたなら、それはサンタクロースの役得に近い。
フロントガラス越しに、国分町のアーケードが大きく手を振っているように見えた。

「さぁ、次の奇跡を拾いに行こう。」

ステアリングを切ると、街路樹のイルミネーションが流れるラインを描き、タクシーは夜の海を泳ぐ一隻の船になった。――サンタの帽子はかぶっていないけれど、今日もトナカイ役は絶賛稼働中である。

タクシードライバーの仕事は、距離と時間を運ぶことではなく、人のドラマと笑いと安心を運ぶこと。クリスマスの夜、玄関の敷居を越えた重みと娘の涙の塩味が、私にそれを改めて教えてくれた。

もし年末の街でタクシーを捕まえたなら――シートベルトを締める前に一度深呼吸を。そしてどうか眠り込まないで。

メリークリスマス、そしてご乗車お待ちしてます!

プロフィール
書いた人
はたもん

こんにちは。仙台で個人タクシーを営んでいます。
「少しの間だけ」のつもりでしたが、気づけばこの道一筋のタクシー歴33年です。平凡な私でも33年の間にはいろんなことが起きました。
このブログでは、そんなタクシードライバー目線の仙台をお届けします。
仕事の体験談や趣味の山歩き・スキー・写真撮影についてもゆるっと綴ってまいります。どうぞよろしくお願いします。

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