長距離客に出会う夜――仙台のタクシー運転手が語る仕事の喜び
タクシー運転手になって、はや十数年。いや、正確には33年。仙台の街をぐるぐる回って、今日もまた一日が終わる。
そんな私にも、タクシーの仕事がまるで冒険のように思えた時期があった――そう、運転席に座ったばかりのころである。
近距離客こそ、日常であり命
まず最初にお伝えしておきたい。タクシーに乗るお客さんの9割は「近距離客」である。ワンメーター、もしくはそのちょっと上くらい。仙台のタクシー料金も最近は値上がりして、ワンメーターの人は減ったが、それでも客単価で見るとだいたい900円前後。高くもなく、安くもなく。…いや、ちょっと安いかもしれない。
タクシー運転手になりたてのころは、「おっ!今日は長距離!」と喜んだり、「また近距離かぁ…」とがっかりしたり。いわゆる“一喜一憂”ってやつだ。
でも、これ、続けていくうちに気づく。
「客単価って、だいたい平均で収まる」
近距離が多くても数をこなせばそれなりになるし、長距離が出ても、意外とそのあとはヒマだったりする。
つまり、いちいち一喜一憂してたら損。悟りを開くまでにはちょっと時間がかかったが、顔や態度に出さなかったのは我ながらエライと思う。
「近くて悪いんですが…」の文化と、そのありがたみ
ここで面白いのが、仙台という街の“言葉のクセ”だ。
短距離のお客さんが、ほぼ9割の確率で言うのだ。
「近くて悪いんですが…」
いやいや、全然悪くないですから! そんなこと言われたら、逆にこっちが恐縮しますわ!
この「申し訳ない」文化、きっと仙台特有なんだと思う。ちょっとシャイで、でも優しい。だからこそ、私はこのひと言が好きだ。
この言葉を聞いた瞬間、こっちは全力モード。
「なんのなんの!お待ちしてました、〇〇ですね。承知いたしましたっ!」
と、ちょっと大きめの声で明るく返す。こういう時こそ、丁寧な運転。ちょっとした段差もそ~っと乗り越える。
そして到着すると、なんとワンメーター客の**約50%**が、こう言ってくれるのだ。
「おつり、いらないからそのままで」
この時の喜びよ!もうね、ボーナスかってくらいの達成感。これ、運転手やった人じゃないと分からない。評価された!って感じがね、じんわり胸にくるの。
長距離客、現る――それはいつも突然に
さて、そんな日常の中、年に数回、いや数ヶ月に一度、まるでドラマのように登場するのが「長距離客」だ。
私の中での“長距離”とは30km〜70km。金額にして7000円〜3万円くらい。
タクシー業界の猛者に言わせれば「それ長距離じゃないだろ!」と笑われそうだが、私にとっては大当たりである。
思い出深いのがある夜の出来事。場所はいつもの仙台駅前、青葉通り。
時間は終電もとっくに過ぎた深夜。スーツ姿の女性が乗り込んできた。で、こう言った。
「山形駅の近くの〇〇マンションまでお願いします」
へ?山形!?いやいや、山形ってあの山形!?
一瞬、脳内フリーズ。つい口から出た。
「やま、やま…がた…いえー、山形ですか!」
自分の声が裏返るのが分かった。すると、後部座席から「クスッ」と笑い声。
「いくらくらいかかります?カード使えます?」
おお、ちゃんとしてる!そしてこちらも負けじと明るく、
「OK牧場!」
この瞬間、運送契約成立である。すばらしくスマートな交渉だった。
夜の高速ドライブ、そして…
聞けば、その方は飲み会帰りで山形行きの最終バスに間に合わなかったとのこと。
ならば私の出番だ。
ルートはシンプル。青葉通りから西道路を抜け、宮城インターへ。そこから高速を南下し、村田インター経由で山形道へ。笹谷トンネルをズドンと抜けて、蔵王インターで降りる。
車内では軽い世間話を交えつつ、深夜の静けさの中を進む。
目的地の〇〇マンションは、駅のすぐ近く。カードでお支払いを済ませていただき、車外へと消えていった。
残された私は、ちょっとだけ誇らしく、そしてちょっとだけ寂しく。
帰り道の“ご褒美タイム”
さて、仙台までは戻らねばならぬ。が、運転しっぱなしでは集中力が切れる。
そんな時は、国道沿いのセブンイレブン。棒アイスと缶コーヒー。これが私のルーティン。
コンビニの駐車場でアイスをかじりながら、今日の仕事を噛み締める。文字通りアイスも噛み締める。
「いやぁ、今日はいい仕事したなぁ」
なんて思いながら、缶コーヒーを一口。これで眠気も飛ぶ。
終わりに――タクシーという仕事の楽しみ方
タクシーの仕事は、天気にも道にもお客さんにも左右される。でも、一番大事なのは「自分の心の持ち方」だと、この仕事をしてつくづく思う。
近距離でも長距離でも、一人ひとりのお客さんとの出会いは、全部一期一会。
短距離客に親切にすることが、自分を評価してくれるチャンスになるし、たまに訪れる長距離客とのドライブは、日常のスパイスになる。
一喜一憂?そんなの昔の話。今は、どんな乗客が来ても、心の中でこう思っている。
「よっしゃ、今日も一緒に楽しい時間にしようじゃないか!」
そんな気持ちでハンドルを握っている。今日もまた、仙台の街を走りながら。